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鰺ケ沢簡易裁判所 昭和32年(ろ)30号 判決

被告人 岩谷幸一

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、被告人は昭和二八年九月一一日付で青森県公安委員会から銃砲所持許可証の交付を受けて所持していた猟銃一挺を昭和三二年九月一四日頃青森県西津軽郡深浦町大字岩坂字長谷野沢の自宅で、派谷多一に貸与したことに因りこれを所持することができなくなつたのに拘らず、該猟銃の所持許可証を所轄公安委員会に返納しなかつたものである。というのであつて、検察官は右行為は銃砲刀剣類等所持取締令第六条第一項第一号にあたると主張する。

よつて審按するに、被告人は、昭和二八年青森県公安委員会から自己所有の猟銃一挺につき、所持の許可を得てその銃砲所持許可証の交付を受けたものであつて、昭和三二年九月一四日頃前記自宅で、同部落内に居住する知人派谷多一の「畑に熊が出て女や子供が危くて行かれないから、熊をおどすために銃を貸してくれ」との懇請により、数日後には返還をうけるものと思つて同人に右所持の許可を得た猟銃一挺を貸与したのであるが、その貸与後右銃砲所持許可証を所轄公安委員会に返納していないものである事実は、被告人の当公廷での供述、被告人作成提出の銃砲所持許可証の写し、派谷多一の司法警察員に対する供述調書等によつて、認めることができる。

そこで右猟銃を貸与した事実が、銃砲刀剣類等所持取締令第六条第一項第一号の「銃砲等を所持することができなくなつたとき」にあたるか否かの点を判断する。

右取締令にいわゆる所持とは、支配の意思で物を事実上支配する状態をいうのであつて、物と接触していなくとも、社会通念上支配があると考えられる状態で足りるのである。

本件のように被告人が、その所有猟銃を同部落内に居住する知人派谷多一に一時使用させるため貸与した場合は、被告人は何時でも容易にこれを返還させることができるのであるから、被告人は右派谷多一を通じてその銃を支配する状態にあるものであつて、その所持を失つていないものと解するを相当とし(最高裁判所昭和二四年五月二六日判決参照)少くとも何時でも容易に返還をうけて直接の所持を回復しうるのであるから、右取締令第六条第一項第一号の「銃砲等を所持することができなくなつたとき」にあたらないものというべきである。

そうすると本件は、被告人が右銃砲所持許可証を公安委員会に返納しなければならない場合にあたらないことになり、被告人の行為は犯罪を構成しないものと認むべきであるから、刑事訴訟法第三三六条により被告人に対し無罪の言渡しをする次第である。

(裁判官 角田正太郎)

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